計算式を実装すれば終わると思っていた
施工管理アプリPICOでは、現場に設置したトラップについて、設置場所、対象害虫、捕獲数、トラップの状態などを記録しています。
あるとき、通常の施工報告書にも「ゴキブリ指数」を表示できるようにしたいという話になりました。
最初は、既存データに計算式を適用するだけの、比較的単純な機能に見えました。
当初想定していた計算式
捕獲数 ÷(トラップ数 × 設置日数)
捕獲数と設置期間は、すでにPICOに記録されています。計算して報告書へ表示すれば、それで終わると思っていました。
すべてのトラップの設置期間が同じであれば、捕獲数をトラップ数と設置日数の積で割れます。トラップごとに設置期間が異なる場合は、各トラップの設置日数を合計した「延べトラップ日数」を分母にします。
しかし、実装前に厚生労働省の原典や過去の研究を読み直してみると、「ゴキブリ指数」という一つの言葉の中に、異なる測定方法と目的が含まれていることが分かりました。
この記事で分かったこと
ゴキブリ指数を調べると、問題は一つの計算式を選ぶことではなく、何をどの条件で観測し、どう集計し、どの基準で判断するかにありました。PICOでは、観測データ、計算方法、管理基準を分けて扱います。
厚生労働省の資料に現れる二つの考え方
厚生労働省の「建築物における維持管理マニュアル」では、ゴキブリ用粘着トラップを3〜7日間設置し、回収後に捕獲数を数え、「1日1トラップ当たり」に換算したゴキブリ指数を算出すると説明されています。[1]
一方、同じマニュアルの標準的な目標水準には、次の選定方法が注記されています。
- 配置トラップが10個までの場合は、捕獲数の上位3個まで
- 10個を超える場合は、捕獲数の上位30%
- 選定したトラップについて「1トラップに捕獲される数」に換算
前者は「1日1トラップ当たり」、後者は「1トラップ当たり」であり、表現されている単位は同じではありません。
2024年に発表された木村氏らの論文「ゴキブリ指数の始まりと建築物衛生環境への応用」では、この点について、従来の1日1トラップ当たりの指数とは別に、上位トラップを使って1トラップ当たりの捕獲数を示す新しい考え方が提示されたものと整理されています。[2]
つまり、上位30%という選定規則だけを取り出し、1日1トラップ当たりの計算式と組み合わせて「厚生労働省方式」と呼ぶと、資料にある二つの考え方を混ぜた独自方式になってしまいます。
そもそもゴキブリ指数はいつ生まれたのか
木村氏らの論文は、ゴキブリ指数の歴史についても整理しています。
インターネット上では、「1991年に水谷澄博士が提案した」と説明されることがあります。しかし、論文では1991年以前の文献が確認されており、最も古い記述は1962年まで遡るとされています。[2]
もともとのゴキブリ指数は、成虫と幼虫を分け、1日1トラップ当たりの平均捕獲数を求めるものでした。その後、トラップの種類、成長段階を分けるかどうか、施設全体をどのように評価するかといった考え方が変化してきました。
一つの完成された計算式が最初から存在し、現在まで同じ意味で使われ続けてきたわけではありません。
約1か月置く現場運用と、3〜7日の調査は同じではない
PICOが現場で扱う通常施工では、粘着トラップを前回の点検から次回の点検まで、約1か月設置したままにする運用があります。
これは、厚生労働省のマニュアルが記載する3〜7日間の調査とは測定条件が異なります。
単純に日数で割れば、3日設置した結果と30日設置した結果を同じ単位にできるように見えます。しかし、粘着トラップによる捕獲が、設置期間に比例して一定の割合で増え続けるとは限りません。
田原氏らの実験では、粘着トラップによる捕獲率が日ごとに低下し、一度トラップを経験した個体による回避行動が示唆されています。論文では、粘着トラップを連続使用する場合、得られた指数が生息状況を正しく反映しない可能性に注意すべきだとしています。[3]
一方で、低密度の場所では、ゴキブリがトラップへ接触する機会を得るために、長い設置期間が必要になる場合があるという現場研究もあります。[4]
したがって、「長期間の設置はすべて無意味」とも、「日数で割れば異なる期間を完全に比較できる」とも言えません。
重要なのは、その数値が何を測り、何と比較するためのものなのかを明示することです。
PICOでは、観測データと計算方法を分ける
この検討を通して、PICOではゴキブリ指数を一つの固定された数値として保存しない方がよいと考えるようになりました。
まず正本として残すのは、計算前の観測データです。
- どの施設、エリア、捕獲地点か
- 何を対象としたトラップか
- 捕獲数はいくつか
- 明示的に0件だったのか、未入力なのか
- 何枚を、いつからいつまで設置したか
- 点検不能、紛失、破損などがなかったか
- 交換、移設、追加設置が行われたか
その上で、目的に応じた計算方法を適用します。
1.PICO月次捕獲指数
約1か月ごとの通常施工では、総捕獲数を延べトラップ日数で割った値を、日常管理のための「PICO月次捕獲指数」として扱います。
PICO月次捕獲指数の計算式
PICO月次捕獲指数 = 総捕獲数 ÷ 延べトラップ日数
延べトラップ日数とは、それぞれのトラップの設置日数を合計した値です。
これは、厚生労働省マニュアルに記載されたゴキブリ指数を再現するものではありません。また、絶対的な生息数の推定値でもありません。
同じ施設、同じ捕獲地点、同程度の設置条件のもとで、捕獲状況の変化を追うためのPICO独自の運用指標です。
設置期間やトラップの種類、設置位置などの条件が大きく異なる地点や月を比較するときは、正式な比較値ではなく参考値であることを表示します。
2.PICO月次区域重点指数
顧客との合意によっては、捕獲が多い地点群に注目した区域集計を表示します。
これを「PICO月次区域重点指数」とします。
この場合も「厚生労働省方式」とは呼ばず、PICOの月次運用上の指標であることを明示します。
同一区域内で、トラップの種類、設置期間、設置条件などがそろっている場合に限って、捕獲数の多い地点を選定します。条件が大きく異なる場合は、参考値として扱うか、集計対象から除外します。
また、上位地点を選定する場合には、次のルールをあらかじめ定める必要があります。
- 上位何件、または上位何%を採用するか
- 選定数に端数が出た場合、切り上げ、切り捨て、四捨五入のどれを使うか
- 選定境界に同じ捕獲数の地点がある場合、どのように扱うか
- 点検不能、紛失、破損したトラップを選定対象や分母に含めるか
- 設置期間が異なる地点をどのように扱うか
単に「上位30%」と設定するだけでは、再現可能な計算方法にはなりません。
3.厚生労働省マニュアルに基づく調査
厚生労働省マニュアルに基づく調査は、通常月次施工の表示設定ではなく、3〜7日間の独立した調査として扱います。
将来PICOへ実装する場合も、次の二つを一つの数値へ混ぜません。
- 全トラップを対象とした、1日1トラップ当たりの指数
- 上位3個または上位30%を対象とした、1トラップ当たりの捕獲数
両者は、対象となるトラップの選び方も、単位も異なります。
また、許容、警戒、措置といった水準は、指数だけで決まるものではありません。単独トラップの捕獲数や、生きたゴキブリの目撃状況なども組み合わせる必要があるため、指数値だけから自動判定しません。
通常報告書とモニタリングで、計算を二重に作らない
もう一つ重要だったのが、通常の施工報告書に表示する指数と、モニタリングで使う管理指数の関係です。
PICOのモニタリングは、通常施工とは別世界の機能ではありません。
通常施工では、トラップを確認し、捕獲数や状態を記録し、必要に応じて薬剤処置を行います。
モニタリングでは、同じ観測データを施設、エリア、期間などで集計し、分布や経年変化、管理基準との比較を行います。
扱う範囲と見せ方は異なりますが、背景にある観測データは同じです。
そこでPICOでは、通常報告書用とモニタリング用に、同じ計算式を別々に実装しません。次の三つを分離します。

計算プロファイルには、単なる割り算だけではなく、次の意味を持たせます。
- どの害虫を対象にするか
- 何を分子、分母にするか
- どの期間を使うか
- 捕獲地点、区域、施設のどの単位で集計するか
- 全地点を使うか、上位地点を選ぶか
- 上位地点の選定数と端数をどう処理するか
- 選定境界の同順位をどう扱うか
- 未入力、明示的な0、点検不能をどう区別するか
- 紛失、破損、交換、移設されたトラップをどう扱うか
- どの桁で丸め、表示するか
計算方法を変更するときは、既存のプロファイルを上書きせず、新しい版を作ります。
保存済みの報告書には、少なくとも次の情報を残します。
- 使用した計算プロファイルの名称と版
- 算出対象期間
- 対象となったトラップ数
- 延べトラップ日数
- 計算前の捕獲数
- 丸め前の計算結果
- 除外されたトラップとその理由
これにより、
同じ計算プロファイルの版、同じ観測データ、同じ対象範囲、同じ期間なら、通常報告書でもモニタリングでも同じ結果になります。
という原則を守ることができます。
一方、管理基準は計算式から分離します。
指数を算出することと、その値を許容、警戒、措置などの水準と比較することは、別の責任です。
顧客との合意によって区域全体を見る場合も、捕獲地点ごとに見る場合も、計算プロファイルと管理基準の組み合わせとして表現します。
この構造であれば、PICO月次捕獲指数も、将来の厚生労働省マニュアルに基づく調査も、その他の害虫に対する管理指数も、互いに意味を混ぜず、同じ基盤へ載せられます。
ゴキブリ指数は、何の理論の上にあるのか
ここまで調べて、もう一つ気づきました。
ゴキブリ指数やモニタリングは、防除業界の中だけで作られた特殊な計算の世界ではありません。また、一つの統計理論から自動的に導かれたものでもありません。
その背景には、生態学的モニタリング、標本調査、観測努力量による標準化、そしてIPMにおける管理判断という、いくつかの考え方が重なっています。
見たいのは生息状況、得られるのは捕獲数
知りたいのは、その施設や区域にゴキブリがどの程度生息しているかです。
しかし、実際に観測できるのは、特定の場所に置いたトラップへ、特定の期間内に入った個体だけです。
生態学的モニタリングでは、「本当に存在する個体数」と「調査で観測された個体数」を区別して考えます。
その理由は二つあります。
一つは、調べたい区域のすべてを観測できるわけではなく、実際にはその一部の地点だけを調査していることです。
もう一つは、調査した地点に対象生物が存在していても、そのすべてが必ず観測されるわけではないことです。生態学では、後者を不完全な検出、あるいは検出確率の問題として扱います。[5]
捕獲数を生む条件の概念式
観測された捕獲数 ≒ 実際の生息状況 × トラップに遭遇する可能性 × 遭遇した個体が捕獲される可能性 × 正常に回収・記録される可能性
これは、そのまま計算に使う数式ではありません。
捕獲数が、実際の生息状況だけではなく、トラップの位置、設置期間、対象種の行動、トラップの状態、回収状況など、複数の条件を通して得られた観測値であることを示すための概念式です。
したがって、捕獲数が0だったという記録は重要な観測結果ではありますが、その区域にゴキブリが1匹も存在しなかったことの証明にはなりません。
ゴキブリがいなかった可能性もあれば、存在していたもののトラップへ接触しなかった可能性もあります。トラップを回避した、設置場所が適切でなかった、粘着力が低下していたといった可能性もあります。
だからこそPICOでは、「捕獲数0」と「未入力」を区別するだけではなく、その0が、どのような条件のもとで観測されたものなのかを残す必要があります。
日数で割るのは、観測努力量をそろえるため
捕獲数をトラップ数や設置日数で割るのは、異なる調査の観測努力量をそろえるためです。
たとえば、次の二つは、どちらも延べ30トラップ日になります。
同じ延べ30トラップ日でも条件は異なる
10枚のトラップを3日間設置 = 30トラップ日 1枚のトラップを30日間設置 = 30トラップ日
しかし、両者から得られる情報が同じとは限りません。
前者は短期間に多くの地点を観測しています。後者は一つの地点を長期間観測しています。延べトラップ日数は同じでも、空間的な広がり、トラップへの接触機会、行動変化、トラップの劣化などの条件が異なります。
観測努力量による標準化
捕獲数 ÷ 延べトラップ日数
とすることで単位をそろえることはできます。しかし、トラップの種類、設置位置、設置期間、対象種、周囲の環境、点検状態まで同じになるわけではありません。
単位がそろうことと、比較可能になることは同じではありません。
日数で割ることは比較の出発点ではありますが、それだけで異なる調査条件を消すことはできません。
全地点と上位30%が答える、別々の問い
統計の観点から見ると、全地点を使う場合と、捕獲数の上位地点だけを使う場合では、そもそも答えようとしている問いが異なります。
配置したすべてのトラップを使って平均を求める場合、見ようとしているのは、配置されたトラップ群全体における平均的な捕獲状況です。
一方、捕獲数の上位30%を選ぶ場合、見ようとしているのは、捕獲の多い地点群、すなわち重点的に管理すべき場所の状態です。
全地点と上位地点が答える問い
全地点を使う → 配置したトラップ群全体の平均的な状態を見る 上位地点を使う → 捕獲の多い重点地点の状態を見る
統計学の言葉を使えば、「何を推定しようとしているのか」が異なります。
上位30%を使うこと自体が間違いなのではありません。施設全体の代表値を求めるのではなく、問題の大きい地点を見逃さず、管理判断へつなげることが目的なら、上位地点へ注目することには意味があります。
ただし、それは全地点の平均とは異なる問いへの答えです。
さらに、現場のトラップは、施設内へ無作為に配置されるとは限りません。侵入経路、潜伏場所、過去に捕獲があった場所など、生息が疑われる地点へ重点的に置かれることが多くあります。
これはゴキブリを発見し、管理するためには合理的です。一方で、無作為な標本調査とは異なるため、全トラップの平均であっても、そのまま施設全体の平均的な生息密度を示すとは限りません。
ゴキブリのモニタリングは、必ずしも施設全体の生息数を偏りなく推定するためだけに行われるのではありません。
問題地点を発見し、防除の必要性を判断し、処置後の変化を追うという、管理のための観測でもあります。
モニタリングは、数を集めることではなく、判断へつなげること
厚生労働省のマニュアルが採用しているIPMは、生息状況を調査し、あらかじめ設定した目標水準と比較し、必要な措置を行い、その効果を再び評価するという構造になっています。
調査結果を許容、警戒、措置の各水準と照合し、必要な対策を実施し、その後に効果判定を行い、一連の経過を記録することまでがIPMの手順に含まれています。[1]
整理すると、次のような循環になります。

これは制御工学そのものではありませんが、対象の状態を観測し、目標と比較し、介入し、その結果を再び観測するという意味では、フィードバック制御に近い構造を持ちます。
また、生態学的なモニタリングの研究でも、最初に管理上の問題と目的を定め、その目的に応じてデータの取得方法、分析方法、データ管理を設計し、結果から学んで方法を見直すことが重視されています。[6]
つまり、モニタリングでは、先に計算式があるのではありません。
まず、次の二つの目的があります。
- 何を知るために測るのか
- その結果を使って、どのような判断をするのか
その目的に応じて、トラップの配置、設置期間、集計範囲、計算式、管理基準が決まります。
同じ観測データから複数の指数を算出することはあり得ます。しかし、それぞれが何を測り、どの判断のために使われるのかを区別しなければなりません。
このように考えると、PICOで分離すべきものがより明確になります。
PICOで分離する三つの責任
観測データ = 現場で何が確認されたか 計算プロファイル = 観測をどのように標準化・集計するか 管理基準 = 算出した値をどのように解釈し、行動へつなげるか
この視点に立つと、ゴキブリ指数は単なる割り算の結果ではありません。どのように測り、何のために管理するかまで含めて、初めて意味を持ちます。
計算式より先に、データを正しく残す
業務ソフトを作っていると、「紙に書かれている計算結果を、そのままデジタル化すればよい」と考えてしまうことがあります。
しかし、計算結果の背景には、調査期間、設置方法、選定方法、現場での目的があります。同じ名称の数値でも、その前提が違えば意味は変わります。
計算結果だけを保存してしまうと、定義を見直したときに元へ戻れません。
一方で、捕獲数、期間、場所、状態といった観測データを正しく保存しておけば、計算方法を版として管理し、後から別の分析へつなげることができます。
通常の施工報告書と、より複雑なモニタリング報告書は、別々の世界にあるのではありません。どちらも、見えない現場の状態を一定の方法で観測し、その観測を比較可能な形に整え、管理判断へつなげる同じ過程の上にあります。
ゴキブリ指数を実装しようとしたことで、PICOが先に作るべきものは、「一つの正しい計算式」ではなく、観測方法、計算方法、管理基準を混ぜずに結び付けられるデータ基盤だと気づきました。
ゴキブリ指数は、数式ではなく測り方から始まり、管理目的によって完成します。
PICOが作るべきものは、指数を表示する欄だけではありません。現場で何を観測し、どの定義で計算し、どの基準によって判断したのかを、後からたどることのできる仕組みだったのです。
出典
- 厚生労働省「建築物における維持管理マニュアル」第6章 ねずみ等の防除、2008年。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei09/pdf/03g.pdf - 木村悟朗・小松謙之・元木貢・佐々木健「ゴキブリ指数の始まりと建築物衛生環境への応用」『衛生動物』75巻4号、223–226頁、2024年。
https://doi.org/10.7601/mez.75.223 - 田原雄一郎・神谷桜・渡部泰弘「チャバネゴキブリ,ワモンゴキブリおよびトビイロゴキブリの粘着トラップ忌避行動に関する室内実験」『衛生動物』62巻2号、101–107頁、2011年。
https://doi.org/10.7601/mez.62.101 - 小曽根恵子・金山彰宏「現場におけるチャバネゴキブリ生息調査法に関する一考察」『ペストロジー学会誌』16巻1号、30–35頁、2001年。
英文題名:Effective use of sticky traps for evaluating cockroach population in the field.
https://doi.org/10.24486/pestologygakkaishi.16.1_30 - Kéry, M. and Schmidt, B. R. “Imperfect detection and its consequences for monitoring for conservation.” Community Ecology, 9, 207–216, 2008.
https://doi.org/10.1556/ComEc.9.2008.2.10 - Reynolds, J. H., Knutson, M. G., Newman, K. B., Silverman, E. D. and Thompson, W. L. “A road map for designing and implementing a biological monitoring program.” Environmental Monitoring and Assessment, 188, 399, 2016.
https://doi.org/10.1007/s10661-016-5397-x
※各オンライン資料は2026年7月30日に確認しました。
